ガーナー森(ムイ)(鵞鳥森・鵝森)

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◆ 沖縄都市モノレール「ゆいレール」開業に伴い
北明治橋(壺川駅側)の史跡案内板に掲載されました。 ◆

「OTV.8チャンネル」沖縄テレビ放送(株)ニュース取材放送

1946年(昭和21)頃の「ガーナームイ(鵞鳥森・鵝森)」写真をクリックすると拡大されます。
▲1950年(昭和25)頃の「ガーナー森(ムイ)(鵞鳥森・鵝森)」

写真は、ブラジルに住む親戚の「上原正徳」氏より寄贈


「奥武山(おうのやま)」と「ガーナームイ(右端の小島)」
▲「奥武山(おうのやま)」と「ガーナー森(ムイ)(右端の小島)」
参考文献「写真集.むかしの沖縄


▼ 参考文献「沖縄大百科事典

鵝森 ガーナー森(ムイ)

那覇市鏡原にある小丘。戦前までは奥武山の東の海中にあった小島で、名勝の地としてしられていた。

1719年(尚敬7)に渡来した尚敬王の冊封副使・徐葆光(じょほこう)は「奥武山の東に小尖阜(小丘)あり。鶴頭山(ガーナー森)と名づく。(中略)那覇市近所第一の勝処たり」と述べ、1800年(尚温6)に渡来した李鼎元(りていげん)も同じく称賛している。

現在は付近一帯が埋め立てられ、陸上の小丘となっている。また、ナハキハギ群落の北限として植物研究所上の要所でもある。市指定文化財(昭和49年(1974).12.)

標高約15m、面積約1300m2で、ほぼ東西に長くなっており、頂上はやや平らで、小さな拝所があり西側の登り口以外は急斜面になっている。



昭和初期頃のガーナー森(ムイ)
▲昭和初期の頃
参考文献「小禄村誌
昭和63年(1988)の頃▼
昭和63年(1988)の頃(手前が那覇大橋・左端が小禄高校)
(手前が那覇大橋・左端が小禄高校)




▲1981.小禄高校付近の空撮




現在「うるくそば」(鏡原町/那覇大橋近く)の裏側
小禄高校の西隣にあり、私たちは「クジラ山」と呼んでいた。

「ガーナー森(ムイ)」へ登ろう!!

うるくぬ んかしばなし「ガーナー森(ムイ)」

ガーナー森(ムイ)が泣いています
「那覇市教育委員会・文化財課」よりリンク



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